編集者 近藤佑子の活動と思考の軌跡

「りっすん」に #わたしがやめたこと のテーマで寄稿しました

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このたび、イーアイデムさんのメディアである、はたらく気分を転換させる深呼吸マガジン「りっすん」で、3年ぶりに寄稿させていただきました。

ちなみに、サムネに使っているコーヒーの写真は、コーヒー断ちするギリギリ直前に飲んだ、新宿三丁目にある珈琲貴族エジンバラのコーヒーです。

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今回の執筆について

ちょうど「外部メディアで執筆する機会を持ちたいな」と思っていたところ、はてなさんのお引き合いで執筆させていただけることになりました。りっすんは素敵な女性の書き手が多いメディアで、この連載も良く目にしていて「私がやめたことってなんだろな」と考えることの多かったテーマでした。

コロナ禍の前は割とアクティブにいろいろなことをやっていたのが、ステイホームでやりようがなくなってしまい、「やめたこと」という意味ではたくさんネタが思い浮かびました。

最終的に「コーヒーをやめた」というテーマで書くことになったものの、締め切り直前まで悩みまして……コロナ禍や仕事の立場上の変化について悩んでいたところから「仕事を頑張るために積極的にコーヒーをやめよう」という考えに至ったという、2020年の1年間の心の動きを詰め込んだ記事になりました。

みなさんコーヒーと自分との関わりについていろいろ思うことがあるのか、はてなブックマークもコメントもたくさん集まっていて、嬉しく、ホッと安心しています。

手放すことと執着すること

この「やめたこと」というのは、ある意味、持っているものを手放すことだと思うのですが、その裏には、執着やこだわりという相反する思いがあるように思います。

たとえば、今年2月の引っ越しに際して、服をたくさん手放しました。それができるようになったのは「この服は気に入っているから残したい」と、とりわけ強く思えるものが出てきたからと言えると思います。

コーヒーをやめることに関しても、コーヒー依存で頭痛がしてしまった時点で「そんなことで頭痛が起きてしまうのはもう嫌だ」と、過剰反応に似た、自分の状態に関する強いこだわりが発露したようにも思うのです。そして、コーヒーのデメリットや、依存症についての本を読む中で、あんまりコーヒーがおいしく思えなくなってきたと。

何かをやめるときに、スッとやめられるものでなく、ドロドロと引きずったり、やめるモチベーションを高める研究をしないと難しかったり。絶対やめたほうがいいに違いない恋愛にも似た感じかなと考えたりしました。

奇しくも自分の体に向き合う時間になった

そして、この記事を準備している最中に、アナフィラキシーショックで救急車で運ばれる自体が起きてしまいました。詳しくはブログに書きましたが、小麦を食べてその後運動(散歩)をしたのがアナフィラキシーの原因ではないかということでした。

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これまで食品アレルギーが全然なく、これまでも小麦製品を食べてさんざん運動していたのに、なぜ……という感じですが、もとから精製された小麦を食べるのは控えようと思っていたし、お菓子も食べすぎてしまっていたので、これを機に、小麦製品とついでにお酒をしばらく控えてみているところです。

以前は「コーヒーやお酒をやめるなんてとんでもない!」と思っていたのが、コーヒーをやめて、意外と手放せるもんだということが分かった。お酒も、やめるなんて考えも及んでいなかった小麦も、手放しても大丈夫かも、と思いつつあります。

コーヒーもお酒も小麦も手放して、きっとその分すてきなところに行こうとしているはずですが、いったい私はどこに行こうとしているんでしょうねぇ。

3年間での変化

さて、冒頭で3年ぶりと書きましたが、以前もりっすんで書かせていただきました。

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このときは、はてなでバズった自作サイトのネタもあったので、たくさんの方にブックマークしていただいたのですが、自分のなかでなかなか過去の自分を超えられない悩みもあり……今回は過去の栄光?がなくても純粋に受け入れられたのだと思うと(もちろん、りっすんやはてなのプラットフォームの強力さもあるのですが)、成長したなと嬉しく思います。

3年前はもやもやしながら前に進もうとし、今は当時に比べるとかなり高く遠いところまで来たようにも感じるけど、当時は当時なりに、今は今なりに、突き抜けられないなと悩んでいるのは変わりがないですね。

こうしてスナップショット、もしくはプロに撮ってもらうポートレート写真のように、執筆させていただけるのはとてもありがたいなと思うとともに、今後も書かせていただけるよう、いい発信ができるよう、自分を鍛えていきたいなと思うのでした。